毎日の受験勉強に追われる高校生が持つであろう疑問
「なぜいま勉強しているのか?」
「その先には何があるのか?」
に対し、科学者なりに答えを出してみたい。
その思いから、京都大学高等研究院 物質ー細胞統合システム拠点(iCeMS)において分野を超えて一緒に研究している科学者(化学、物理学、化学生物学、細胞生物学、生物物理学、工学、数学)で議論し、なぜ私たちは研究を楽しく感じるのかを突き詰め、その本質を体験してもらう教育プログラムをつくりました。
学びのカラクリの特色
私たちは、大学が行っている他の出張授業とは明確な違いを作りたいと思い、「学びのカラクリ」を企画しました。一般的に、大学教員の出前授業では最先端研究の紹介を行いますが、我々のプログラムでは、最先端の科学からテーマを一つ選び(DNA、機械など)、iCeMSの科学者4名がそれぞれの分野の視点で研究を紹介します。高校生たちは、その知識をひたすら吸収し、知識の先にあるアイデアを議論し、形作り、みんなの前で発表します。その過程は、大変だけど楽しいものです。そして、なぜ楽しく感じたのか、そのカラクリを科学者が種明かしします。様々な分野のトップ研究者が集う、iCeMSならではの授業です。
このプログラムは特に、普段最先端の科学に触れる機会が少ない、地方の高校生に体験してもらいたいと思っています。iCeMSの研究者たちが全国各地の高校を訪れることから、iCeMS Caravanと名付けました。
学びのカラクリの内容
1. アイスブレイク:
まず高校生と私たちが、お互いどういう人なのかという事を理解しあうために、ゲームの嗜好性を加えた自己紹介をします。
2. ランチタイム:
高校生と講師がお互いに質問したいことを話す時間にしています。普段、私たちがどういう生活をしているのか、また、高校ではどういう雰囲気で勉強しているのかなど、雑談を通してお互いを更に理解し合う時間にします。
3. 知識編:
1つのテーマに関して講師がそれぞれの分野の最先端の研究を紹介します。毎回参加する4人の講師は、それぞれ専門とする分野(化学、物理学、化学生物学、細胞生物学、生物物理学、工学、数学)が異なるメンバーです。同じテーマであっても、専門が違えば全く違うモノとして見えるということに関心を持って頂きます。高校生は、新しく得た知識をひたすら模造紙に書き込み、まとめ、頭の中に詰め込んでいきます。内容がわかっても、わからなくても、ひたすら書き込むことが、後半の知恵編、アイデア編で重要になります。
4. 知恵編:
私たち4人が知識編で話す内容は、高校で習う教科書には載っていないことばかりです。少なくとも新しい知識が4つ増えるはずです。そこで「知識編」で私たちが話した内容、すなわち、高校生自らが書き込んだ模造紙を元に、もう一度話し合い、知識の再確認して頂きます。ここでは、高校生同士でわかったこと、わからなかった事を共有し、お互いに教え合うことで、知識の補完を行います。私たちが伝えた知識を自分達自身で考え、咀嚼することによって、「知恵」に変換してほしいと思っています。
5. アイデア編:
知識から変換された知恵を元に、高校生同士で議論をしてもらいます。ここからはアクティブラーニングになります。つまり、高校生自らが得た知恵を駆使して、組み合わせたり、他のキーワードを加えることで、新しいアイデアを話し合ってもらいます。もちろん、現在の科学技術では不可能なアイデアになることも考えられます。しかし、その突拍子もない発想が新しい科学を作り出してきたという現実を、私たちは日々目の当たりにしています。
6. 科学的な伝え方の説明:
アイデア編で産まれた発想を高校生自身で参加メンバー全員に伝える準備を行います。伝え方としては、私たち科学者が普段やっている「科学的なモノの伝え方」に準じて発表して頂きます。講師の一人が、「科学論文の書き方」を噛み砕いて学生に伝えます。ここでは、科学的な論理構成はどの様にして行われているのか、科学的に物事を伝えるとはどういうことか、の指導を行います。
7. 発表準備:
科学的な伝え方をもとに、各班で自分たちで考えたアイデアの発表の準備をしていただきます。ここでは、模造紙、ホワイトボード、黒板などを利用して、各班で3分間分の発表準備をします。
8. 発表編:
各班、3分間のチョークトークによるアイデア発表を行います。発表終了後、どの班の発表が一番興味深かったかを、その場にいる参加者全員の投票により決めます。
9. まとめ編:
各班の発表に対し、講師からのフィードバック、どうやったら更に良くなるのかを、提案します。そして、この一連のプロセスの中で経験した「学びのカラクリ」の本質について解説します。
実際に、2017年に行ったiCeMS Caravanの様子をYouTubeにアップロードしています。この一連の流れを感じ取れるように編集していますので、ぜひ御覧ください!
学びのカラクリが大事にしていること
iCeMSは特定の学部や学科に縛られることなく、様々な専門家が同じ建物で日々の研究活動に取り組んでいます。従って、デスクワークを行うスペースにも、実験室にも各グループ間に壁はなく、完全なオープンなスタイルをとっています。このような環境で働いていることから、専門分野が違っていたとしても各研究者間の繋がりが非常に強い組織になっています。このiCeMS Caravanはその壁のない環境だからこそできる企画なのではないかと思っています。
私たちはあくまでも研究者集団であり、高校の先生方のような教育のプロではありません。このプログラムを通して進学率向上に関してどういう結果をもたらすかは、予測できません。しかしながら、私たち研究者は、知識をうまく使えなかったからこそ失敗し、上手く使えたから成功するという経験に、日々接しています。研究現場にいる研究者だからこそ感じる「学ぶことの重要性」を、知識の伝達に対して力を注いでおられる高校の先生方と協力し、意欲ある高校生に対して伝える機会を増やしていきたいと切に願っています。